アメリカのエグゼクティブコーチの役割と日本での現状について

アメリカのエグゼクティブコーチの役割と日本での現状について

なぜ今、社長に「壁打ち相手」が必要なのか

中小企業やベンチャー企業の経営者は、日々の意思決定を一人で背負っています。社員に相談できない、家族にも話せない、そんな「孤独な立場」に置かれている社長は少なくありません。

とくに経営が一定の成長フェーズに入った段階では、「売上は伸びているけれど、次に何をすべきかわからない」「幹部が育たない」「自分の時間がない」といった悩みが出てきます。

このような悩みは、社内では解決できません。外部の専門家、それも経営を理解し、対話を通じて視点を広げてくれる「壁打ち相手」が必要です。そこで注目されているのが「エグゼクティブコーチ」です。

アメリカでのエグゼクティブコーチの普及

アメリカでは、エグゼクティブコーチはもはや特別な存在ではありません。『International Coaching Federation(ICF)』の2023年調査によると、世界のコーチング業界の年間市場規模は約46億ドル(約6900億円)に達しており、2019年比で60%の成長を遂げたと報告されています。

注目すべきは、受け手の変化です。以前はCEOなど限られた上層部のみが対象でしたが、現在は部長職、マネージャー、スタートアップの創業者など、より広範囲なリーダー層がコーチングを受けています。

エグゼクティブコーチは、単なる「助言者」ではありません。経営者の思考を整理し、軸を取り戻すサポートをする存在です。意思決定の質、行動スピード、視座の高さ。この3つを伸ばすために、コーチが求められているのです。

エグゼクティブコーチング資格市場の成長

アメリカをはじめとするグローバル市場では、コーチングそのものだけでなく、エグゼクティブコーチの資格取得ビジネスも急速に成長しています。

下図は、The Business Research Companyによる「Executive Coaching Certification Market Report 2025」に基づく市場予測です。

アメリカのエグゼクティブコーチの役割と日本での現状について

(出典:「Executive Coaching Certification Global Market Report 2025」筆者翻訳)

このグラフが示す通り、コーチ資格市場は2024年の103.9億ドルから、2029年には181億ドルに達する見込みで、年平均成長率(CAGR)は11.5%と非常に高水準です。これは、エグゼクティブコーチという職業の専門性と信頼性が世界中でますます重要視されていることを示しています。

成功企業がなぜコーチをつけるのか?

アメリカの経営者の多くがコーチをつけている理由は明確です。それは「成果が出るから」です。実際、Googleの元CEOであるエリック・シュミット氏は「最高のアドバイスは、コーチをつけろということだった」と公言しています。

成功している経営者ほど、自分の思考を整理し、客観的に自分の行動を見つめ直す時間をつくっています。エグゼクティブコーチは、単に課題を聞くだけでなく、「なぜそれが課題なのか」「その背景にある考え方は正しいか」まで問いかけてきます。

それにより、経営者の意思決定力が上がり、社員への伝え方も明確になります。結果として、組織の行動が変わり、業績も改善していくのです。

日本における課題と可能性

一方、日本ではエグゼクティブコーチの認知度はまだ高くありません。経営者自身が「自分で何とかするべき」という意識が強く、外部の力を借りることを「弱さ」と感じる風潮も根強く残っています。

しかし、VUCA時代(注1)と呼ばれる今、ひとりで答えを出すこと自体が難しい環境になってきました。デジタル化、人的資本経営、SDGs、Z世代の価値観…次々に変わる外部環境に対応するには、思考の「更新」が欠かせません。

そのため、今後日本でもエグゼクティブコーチのニーズは確実に増えていくと考えられます。とくに変化に対応するスピードが求められるベンチャー企業や、社長がプレイヤーを兼ねている中小企業では、その重要性はより高まっています。

中小・ベンチャー企業こそ活用すべき理由

経営者が身につけたいスキルとは?

以下のグラフは、中小企業の経営者が「今後リスキリングを通じて身につけたい」と考えているスキルをまとめたものです。

「経営戦略」や「管理者としてのリーダーシップ」「マーケティング力」など、まさにエグゼクティブコーチングの主要な支援領域が上位に挙がっています。これは、経営者が自社の成長を考えるうえで、自らの能力向上を強く意識している証拠です。

アメリカのエグゼクティブコーチの役割と日本での現状について、経営者が獲得したいスキル(中小企業白書2025)

出典:中小企業白書2025(株式会社帝国データバンク「令和6年度中小企業の経営課題と事業活動に関する調査」

エグゼクティブコーチというと「大企業の社長がつけるもの」と思われがちですが、本当に必要なのは中小企業やベンチャー企業の社長です。なぜなら、これらの企業では経営者が「現場」と「戦略」の両方を一人で担っているケースが多く、判断の重圧や時間的な余裕のなさが深刻だからです。

社内に相談できる幹部がいない、外部に話せる相手がいない、そんな状況で意思決定を続けると、やがて思考が凝り固まり、組織にも悪影響を及ぼします。

エグゼクティブコーチは、こうした経営者の「頭の中を整理し、視点を変える手助け」をします。定期的な対話の中で、自分の言葉で話しながら考えを深めていくことで、スピード感のある意思決定と人材育成が同時に実現できます。

限られたリソースで会社を成長させなければならない中小・ベンチャー企業こそ、エグゼクティブコーチの価値を最大限活かせるのです。

まとめ:経営の視座を変えるために今できること

「経営者が孤独なのは仕方ない」「人に頼るのは経営者らしくない」

そう思っているうちは、企業も経営者自身も変わりません。

アメリカでは成果を出す社長ほどエグゼクティブコーチを活用しています。そして今、日本でもようやくその流れが始まろうとしています。

  • 「視座の高さ」
  • 「思考の整理」
  • 「意思決定の質」

これらを高めることは、すべての経営者にとって共通の課題です。それを一人で乗り越えるのは難しい時代に入ったからこそ、コーチという「壁打ち相手」の存在が求められています。

まずは一度、誰にも話せない悩みを安心して相談できる相手を持つことから始めてみてください。経営者の視点が変われば、組織も変わります。


(注1)VUCA時代とは:
「変動性(Volatility)・不確実性(Uncertainty)・複雑性(Complexity)・曖昧性(Ambiguity)」の頭文字を取った言葉で、予測が難しく変化の激しい時代を指します。現代の経営環境を象徴するキーワードです。


よくある質問(FAQ)

Q1. エグゼクティブコーチとは何をする人ですか?

エグゼクティブコーチは、経営者や経営幹部を対象に「思考整理」や「意思決定の質の向上」を支援するプロフェッショナルです。指導ではなく対話を通じて、自ら答えを導けるよう伴走します。

Q2. コンサルタントとどう違うのですか?

コンサルタントは「課題に対する解決策を提示する人」、一方でエグゼクティブコーチは「考える力を引き出す人」です。答えを与えるのではなく、経営者自身が考えを深めて判断できるようにします。

Q3. 中小企業でもコーチングは効果がありますか?

はい。特に意思決定を一人で担うことが多い中小企業の経営者にこそ有効です。思考の偏りを防ぎ、俯瞰的に物事を見る力が養われ、経営判断のスピードと質が向上します。

Q4. どのくらいの期間続けると効果が出ますか?

個人差はありますが、月1〜2回の対話を3ヶ月〜6ヶ月継続することで、課題の本質が見え始め、行動の変化が現れるケースが多く見られます。まずは体験から始める方も多いです。

Q5. 機密情報や悩みを話しても大丈夫ですか?

もちろんです。エグゼクティブコーチには守秘義務があり、経営に関する相談内容は外部に漏れることはありません。安心してご自身の考えや悩みをお話しいただけます。

投稿者プロフィール

山下午壱
山下午壱エグゼクティブコーチ/経営コンサルタント
1968年生まれ。兵庫県出身。
玩具業界(商社)、映画業界を経て人材サービス業界で20年働く。
代表取締役として年商10億円台の人材サービス会社を70億円台まで成長させる。
経営の傍らで多くの経営者と交流し、中小企業の社長の立場でコーチング、コンサルティング実績を積む。
現在はエグゼクティブコーチ/経営コンサルタントとして活動中。