心理的安全性だけでは若手は定着しない:離職を防ぐストレスと成果責任

近年、若者の職場に対する期待や価値観は大きく変化しています。かつては安定性や給与が重視されていた一方で、現在の若手社員は「やりがい」や「成長実感」を強く求める傾向があります。このような背景のもと、企業は「心理的安全性」の高い職場環境を整えることで、社員が安心して働ける組織づくりに注力してきました。
心理的安全性とは、ミスや意見表明に対して否定されることなく、自分らしくいられると感じられる職場環境を指します。Googleなどの大手企業が推奨してきたことで、日本国内でも注目が集まり、多くの企業が導入を進めてきました。
しかし、「心理的安全性さえ整えておけば社員は辞めない」という認識には落とし穴があります。実際には、安心感だけでは満足できず、「この会社はぬるい」と感じて離職する若手も増えています。安心できるだけの環境が、逆に成長や挑戦を奪ってしまっているのです。
本記事では、心理的安全性だけでは若手社員の定着が難しい理由を明らかにし、適切なストレスと成果責任の設計によって、成長とやりがいを両立する職場づくりのヒントをお届けします。
この記事のポイント
- ✅ 安心だけでは若手は定着しない
心理的安全性だけでは、成長実感が得られず離職につながります。 - ✅適度なストレスが成長を促す
ヤーキーズ・ドットソンの法則が示す「最適な緊張感」がカギです。 - ✅ 成長支援型マネジメントが必要
安心と挑戦の両立で、若手のやる気と定着率が高まります。
心理的安全性の正しい理解
心理的安全性とは「甘やかし」ではない
まずは心理的安全性という言葉の定義と、それにまつわる誤解を整理する必要があります。心理的安全性とは、「チームの中で自分の意見やミスを気兼ねなく共有できる環境」であり、決して「甘やかす」ことや「責任を問わない」ことではありません。
信頼と対話が成果を生む
この概念の核心は、社員が自分の意見を安心して発言できるという信頼関係にあります。特にチームでの協働が求められる現代においては、全員が遠慮なく対話し、情報を共有することが高い生産性と創造性に直結します。心理的安全性が高い職場は、メンバー同士が互いに信頼を寄せ、目的達成のために率直なフィードバックやアイデアを出し合える土壌があるのです。
実際、Googleが行ったプロジェクト・アリストテレスの調査でも、最も高いパフォーマンスを発揮していたチームは、心理的安全性のレベルが最も高かったことが報告されています。これは、能力やスキルの高さよりも、チーム内の信頼と対話の文化が成果に大きく影響を与えることを示唆しています。
土台としての重要性と限界
ただし、注意しなければならないのは、心理的安全性が高まることで、必ずしもパフォーマンスが向上するとは限らないという点です。あくまで、それが成果や成長に向けた「土台」であるという理解が重要です。社員が安心していられることに甘えてしまい、挑戦や責任を避ける風土が生まれてしまえば、むしろ逆効果にもなり得ます。
ホワイト企業で起こる“ぬるさ”と離職
「ホワイト化」の成功が生む逆転現象
労働環境の改善やハラスメント防止策が進み、多くの企業が「ホワイト化」を実現しています。長時間労働の是正、有給休暇の取得促進、風通しの良い社風など、働きやすさを重視した取り組みが進む中で、若手社員の満足度は一定水準で向上しています。
しかし、こうした「優しい職場」が必ずしも定着率の向上につながっていないという現実があります。むしろ「物足りない」「成長できない」といった声を理由に、離職を選ぶ若手も少なくありません。
若者が感じる“ぬるさ”の正体
現代の若手社員は、「安心して働けること」以上に、「自身が成長できるか」「挑戦できるか」に強い関心を持っています。心理的安全性が高い環境でも、そこに目標や責任、成長の機会がなければ、やがて“ぬるい職場”と感じてしまうのです。
実際、あるITベンチャーでは、心理的安全性を高めることに注力した結果、上司が厳しいフィードバックを控えるようになり、社員の自己成長機会が減少。数年後には「挑戦のない職場」として離職率が上昇したという事例もあります。
「優しさ」だけでは組織は回らない
心理的安全性が高くても、成果責任や挑戦目標が曖昧であれば、組織は緩み、メンバーの主体性が失われます。心理的安全性の本質は「意見や挑戦が尊重される土壌」であり、「楽な職場」ではありません。
働きやすさと同時に、働きがいを設計することが求められている今、企業は“安心”と“適度な緊張感”を両立させるマネジメントへとシフトする必要があります。
ヤーキーズ・ドットソンの法則で解く成長とパフォーマンス
適度なストレスがパフォーマンスを高める理論
ヤーキーズ・ドットソンの法則は、心理学者ロバート・ヤーキーズとジョン・ドットソンによって提唱された、パフォーマンスとストレス(覚醒水準)の関係を示す理論です。これによれば、人のパフォーマンスはストレスが全くない状態では低く、ストレスがある程度まで高まると最適な状態となり、それ以上に強くなると逆に低下するという「逆U字型」のカーブを描くとされます。
つまり、人はある程度の緊張感やプレッシャーがあるときに最も高いパフォーマンスを発揮する傾向があるのです。これは仕事においても例外ではなく、適度な締切や目標、期待があることで集中力やモチベーションが高まり、成果が出やすくなります。
安心だけでは成長しない理由
心理的安全性が高い環境は、確かに安心して働ける土台を提供します。しかし、安心感が過剰になると、人は挑戦を避け、現状維持を選びやすくなります。特に若手社員にとっては、成長実感や達成感が得られない環境は「ぬるい」と感じられ、離職の一因となり得ます。
ヤーキーズ・ドットソンの法則に照らせば、極端にストレスが低い状態では覚醒水準が不足し、集中力や目的意識が高まりません。つまり「安全すぎる」職場は、かえって成長を阻害する温室のような状態になってしまうのです。
成果プレッシャーと“挑戦できる安全”の両立が必要
理想的な職場とは、「失敗しても叱責されない」安心感がありながら、「成果に対する責任」も共有されている環境です。挑戦することが奨励され、失敗が学びとして扱われる一方で、目標達成や改善の努力も求められる。そのようなバランスこそが、ヤーキーズ・ドットソンの法則に基づく最適覚醒状態を生むのです。
たとえば、OKR(Objectives and Key Results)のような目標管理制度は、挑戦的な目標と透明性のある評価を通じて、適度なプレッシャーを生み出しやすい仕組みです。これにより、社員は「追われるプレッシャー」ではなく、「チャレンジとしてのプレッシャー」を感じ、やりがいと成長の両方を実感できます。
組織としては、「緊張感を持たせる」ことと「安心して取り組める」ことの両方を満たす職場設計が必要です。安全と挑戦、どちらかに偏ることなく、その中間をマネジメントで実現することが、若手定着とパフォーマンス向上の鍵となります。
心理的安全性 × 成果責任の設計法
「支援と期待」をセットで設計する
心理的安全性と成果責任を両立させるための第一歩は、「支援」と「期待」をバランスよく設計することです。心理的安全性が高まることで、メンバーは挑戦しやすくなりますが、そこで目標や期待値が明確に提示されなければ、成長実感や達成感が得られにくくなります。
一方で、期待だけが先行してしまえば、プレッシャーが不安やストレスに変わり、心理的安全性は損なわれます。従って、管理職やリーダーには、「安心して挑戦できる環境」と「その挑戦に意味があると感じられる目標設定」の両方を設計するマネジメント力が求められます。
OKRや目標管理との連携
具体的には、OKR(Objectives and Key Results)※1やMBO(Management by Objectives)※2などの目標管理制度が有効です。OKRは達成困難なチャレンジングな目標を設定し、それに向けた具体的な成果指標(KR)を追うことで、社員に適度なプレッシャーと方向性を与える仕組みです。
心理的安全性がある職場でOKRを導入すれば、社員は目標に向かって自律的に動きやすくなり、また目標未達でも責められることなく、次のアクションへと建設的な学びが生まれます。このように、挑戦と安全を統合する枠組みとして、OKRは非常に有効です。
プレッシャーの与え方と調整術
プレッシャーを与えること自体が悪いのではなく、その「質」と「量」が重要です。たとえば、1on1ミーティングを通じて、部下一人ひとりの状態や課題、目標への進捗を丁寧に確認し、状況に応じた支援やフィードバックを行うことが求められます。
また、成果に対するフィードバックも単に数字だけで判断するのではなく、プロセスや学びを評価する視点が必要です。そうすることで、社員は結果だけでなく行動や成長にも価値を見出し、「この会社で成長できる」という感覚を持ち続けることができます。
このように、心理的安全性を損なわずに成果責任を浸透させるためには、単なる管理ではなく「対話をベースとしたマネジメント」が欠かせません。企業文化として、挑戦と安心の両立を促す構造と風土を整えることが、これからの組織運営にとっての大きな鍵になります。
※1 OKR(Objectives and Key Results):OKRとは、目標(Objectives)と主要な成果指標(Key Results)をセットで設定し、挑戦的な目標に向かってチームや個人の成果を可視化・評価する手法です。
※2 MBO(Management by Objectives):MBOとは、上司と部下が合意の上で目標を設定し、その達成度を評価する管理手法。個人の行動と組織の成果を結びつけることを目的とします。
結論・まとめ
心理的安全性を高める取り組みは、現代の組織にとって不可欠な土台です。しかし、それだけでは社員の定着や成長は保証されません。成長実感、挑戦機会、そして明確な目標と評価。これらが伴わなければ、職場は“ぬるさ”の温床になり得ます。
これからのマネジメントに求められるのは、単なる「優しさ」ではなく、「成長を支援する仕組みづくり」です。心理的安全性の上に、明確な成果責任や挑戦の文化を重ねることで、社員のエンゲージメントは高まり、離職率の低下にもつながります。
今こそ、心理的安全性と成果責任を両立させた「成長支援型マネジメント」へと転換するタイミングです。安心と緊張感のバランスを意識した職場設計こそが、これからの企業の競争力を左右する鍵となるでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 心理的安全性が高いだけではなぜ若手が定着しないのですか?
安心感が過剰になると、挑戦や成長の機会が減少し、「ぬるい職場」と感じることで離職につながります。
Q2. 適度なストレスとはどのように与えるべきですか?
OKRなどの目標管理や1on1を活用し、プレッシャーではなく「挑戦」として受け止められる目標を設定します。
Q3. ヤーキーズ・ドットソンの法則とは何ですか?
人はストレスが適度なレベルで最も高いパフォーマンスを発揮し、ストレスが過剰または不足すると能力が低下する法則です。
Q4. 成果責任と心理的安全性は両立できますか?
はい、支援と期待をバランスよく与えることで、安心して挑戦できる環境を実現できます。
Q5. 若手社員の離職を防ぐための具体的な方法はありますか?
明確な目標設定、定期的なフィードバック、成長支援の体制を整えることが効果的です。
投稿者プロフィール

- エグゼクティブコーチ/経営コンサルタント
-
1968年生まれ。兵庫県出身。
玩具業界(商社)、映画業界を経て人材サービス業界で20年働く。
代表取締役として年商10億円台の人材サービス会社を70億円台まで成長させる。
経営の傍らで多くの経営者と交流し、中小企業の社長の立場でコーチング、コンサルティング実績を積む。
現在はエグゼクティブコーチ/経営コンサルタントとして活動中。
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