静かな退職を防止するコーチ型管理職を育成するには?

近年、「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉が注目を集めています。会社を辞めることなく、やる気だけが消えていく――そんな社員が増えているのです。
特に若手人材において、表面的には業務をこなしているものの、内心では会社や仕事に期待を持てなくなっているケースが目立ちます。
こうした現象は、経営層がいくら制度や待遇を整えても改善しにくく、深刻な人材流出につながります。
本記事では、「静かな退職」がなぜ起こるのか、そしてそれをどう防げるのかについて解説します。
特に注目するのは“管理職のあり方”です。いま求められているのは、指示型のマネジャーではなく、社員一人ひとりを支援し、成長を引き出す「コーチ型管理職」です。
実証研究や海外企業の事例も交えながら、静かな退職を未然に防ぐための現実的なアプローチをお伝えします。
この記事のポイント
- ✅ 静かな退職の正体とは
若手の離職背景にある「見えないやる気の低下」 - ✅ 上司の関わり方で定着率が変わる
コーチ型マネジャーが信頼と心理的安全性を生む - ✅ 1on1と対話文化がカギ
短時間でも継続できる1on1が信頼構築の第一歩
静かな退職とは何か?その定義と背景
静かな退職の本質:心が離れる社員たち
近年、「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉が注目を集めています。
この言葉は、実際に会社を辞めるわけではないものの、社員が仕事に対する熱意や責任感を失い、必要最低限の業務しかしなくなる状態を指します。
表面上は出勤していても、心はすでに離れている――それが静かな退職の本質です。
目に見えない退職行動が業績に与える影響
このような“在籍しながらの離脱”は、チームの生産性やモチベーション、ひいては顧客満足度や業績にも大きな影響を与えます。
離職とは違い、すぐに数字に表れないため、放置されやすい問題ですが、放っておくと組織の土台を揺るがすリスクを含んでいます。
経営者にとっては、目に見えない退職を察知し、未然に防ぐことが重要です。
若手が辞める真因は“上司”にある
賃金や制度では離職は防げない
若手社員の離職が止まらない原因を、報酬や福利厚生といった制度の問題と捉える企業は少なくありません。
しかし、多くの調査で明らかになっているのは、離職理由の上位に「直属の上司との関係性」があるということです。
つまり、いくら制度を整えても、上司との関係が悪ければ社員は辞めてしまうのです。
上司の影響は想像以上に大きい
「部下の離職理由」の上位には、報酬や制度以上に「上司との関係性」が挙げられます。
特に若手社員は、キャリア初期における上司の関わり方に大きな影響を受けやすく、実際に「上司が信頼できないから転職を考えた」という声も多く聞かれます。
管理職が部下の成長に関心を示さない、または表面的な関係にとどまっていると、部下は「自分は大切にされていない」と感じてしまいます。
その結果、会社全体への信頼も揺らぎ、静かな退職につながっていくのです。離職を防ぐには、制度よりもまず“上司の関わり方”を見直す必要があります。
放置型マネジャーが静かな退職を加速させる
心理的安全性の欠如と無関心な上司
若手社員が静かな退職に陥る原因のひとつが、上司の無関心です。
- 「困っているのに話を聞いてくれない」
- 「意見を言っても軽視される」
と感じると、社員は徐々に心を閉ざし、受け身の姿勢になります。
これは、心理的安全性が欠如している状態です。心理的安全性とは、職場で自分の意見や感情を自由に表現できる雰囲気のことを指します。
「教えない・聞かない」マネジャーが信頼を失う構造
「忙しいから」と部下の育成や面談を後回しにし、「指示だけ出して終わり」のマネジャーは、部下の信頼を徐々に失っていきます。
部下は「相談しても無駄だ」「成長を支援してもらえない」と感じ、やがて自主性を失います。
これは静かな退職へとつながる典型的なパターンです。
信頼関係の構築は、日々のちょっとした会話から始まります。
コーチ型マネジャーとは何か?
ティーチングとの違い:「問いかけ」「傾聴」「内発的動機」
コーチ型マネジャーとは、部下に指示や正解を与えるのではなく、問いかけを通じて本人の中にある答えを引き出すリーダーです。
ティーチングが「教えること」に主眼を置くのに対し、コーチングは「気づかせること」に重きを置きます。
キーワードは「問いかけ」「傾聴」「内発的動機」です。
つまり、部下の価値観や目標を理解し、それに沿った支援を行うのがコーチ型マネジャーなのです。
GoogleやIDEOでも採用されている育成型リーダーシップ
近年では、GoogleやIDEO、マッキンゼーなどのグローバル企業でもコーチング型のマネジメントが導入されています。
これらの企業では、管理職に対して傾聴力やフィードバック力を評価項目に組み込むなど、コーチ型リーダーを育てるための制度が整備されています。
成果を出す組織に共通しているのは、「人を育てる力」への投資を惜しまない点です。
実証された効果:Sandoz社における1on1改善の成果
MIT Sloan研究の概要(2023年)
2023年、行動科学コンサルティング会社MoreThanNow社と学術機関が実施した研究が、Sandoz社における1on1改善の効果を明らかにしました(出典:MIT Sloan Management Review “Proven Tactics for Improving Teams’ Psychological Safety”)。
この研究は、約7,000人の従業員を対象とした大規模なランダム化比較試験(RCT)で、1on1ミーティングの方法が心理的安全性にどのような影響を与えるかを検証しました。
心理的安全性が向上した2つの1on1手法
研究では、コントロール群を含む3つのグループに分けて検証が行われました。
中でも注目されたのは「Individuation(個人として向き合う)型1on1」と「心理的安全性を促進する問いかけ」を取り入れた1on1の2つです。
これらの手法を用いたチームでは、社員の安心感や信頼感が統計的に有意に向上しました。
若手の発言頻度・信頼度の大幅改善
この実験の中で、若手社員に顕著な変化が見られました。
自分の意見を安心して述べられるようになり、会議や1on1での発言頻度が増加。
加えて、「上司が自分のことを理解しようとしてくれる」と感じることで、職場への信頼感が高まり、定着意欲も向上しました。
科学的に裏付けられたコーチング型1on1は、静かな退職を防ぐ有効な手段といえるでしょう。
日常会話でできる「コーチング」の始め方
「目標を一緒に意味づける」アプローチ
コーチングは、特別なスキルや長時間の面談が必要なわけではありません。
最初の一歩は、目標に対して「なぜそれをやるのか」「どんな価値があるのか」といった意味づけを、上司と部下が一緒に考えることから始まります。
このプロセスにより、目標が“やらされ仕事”ではなく、“自分の意思で達成したい課題”に変わっていきます。
日報、業務会話に問いを挿入する技法
たとえば、日報や週次の業務報告に対して
- 「その中で一番嬉しかったことは?」
- 「次に改善できそうなことは?」
といった問いを加えるだけで、コーチングは成立します。
問いは相手の思考を深め、気づきを促す力があります。
忙しい中でも、日常のやり取りにこうした問いを加えるだけで、部下との信頼関係は確実に育ちます。
心理的安全性はこうして育てる
小さな失敗を許容する文化づくり
心理的安全性とは、「この職場なら自分の意見や気持ちを出しても大丈夫だ」と感じられる状態のことです。
その土台になるのが、「小さな失敗を許容する」文化です。
何かを提案したり、チャレンジしたりした結果うまくいかなくても、咎められず、むしろ前向きに評価される。
こうした職場では、社員は自然と声を出すようになります。
「自分を出してもいい」という感覚を定着させる方法
具体的には、上司がまず自分の弱みや悩みを開示する「自己開示」が効果的です。
例えば、「自分もこの案件は悩んでいてね」といった一言が、部下に安心感を与えます。
また、日常のやり取りでも「ありがとう」「気づきをくれて助かった」といった承認の言葉を伝えることが、心理的安全性の定着につながります。
上司の一言が、職場の空気を変えるのです。
日常的な1on1を定着させるには
1on1を理解し、行動につなげる工夫
1on1ミーティングを社内に定着させるには、「なぜ必要か」「どう進めるか」の理解が欠かせません。
そのためには、社内で実践事例や進め方を共有する動画やマニュアルを整備すると効果的です。
管理職同士で事例や悩みを共有する勉強会も有効です。
導入期には特に「対話の質よりもまず継続を優先する」という考え方がポイントとなります。
時間管理と仕組み化の工夫で1on1は継続できる
1on1を定着させるには、時間の確保と仕組みづくりが欠かせません。
たとえば、スケジュール上に毎週の1on1を固定で入れる、チェックリストや質問テンプレートを準備するなどの工夫が有効です。
継続のポイントは、「毎回完璧にやろうとしない」こと。形式よりも、対話の継続そのものが重要です。
管理職の育成を組織的に支援するには
「育てる力」を評価する人事制度に転換
多くの企業では、マネジャーの評価が「業績」に偏りがちです。
しかし、これからの時代に求められるのは「人を育てる力」です。
1on1やコーチングを日常的に行い、部下の成長を支援しているかどうかを評価制度に組み込むことが、管理職の行動を変える第一歩になります。
これにより、部下に向き合う動機づけも高まります。
サンド社の実験にみるマネジャー変容のきっかけ
前述のSandoz社(ノバルティス傘下)では、1on1の質を向上させるための実験を通じて、マネジャーの行動変容が見られました。
部下を「個」として理解する姿勢を持つことで、対話の深さが変わり、結果的に心理的安全性も高まりました。
制度と教育の両輪で、マネジャーを育てる仕組みが求められています。
部下が辞めない上司は何が違うのか?
「聴く・支える・信じる」上司が組織を変える
離職率が低い職場には、共通点があります。
それは、上司が「話を聴く」「必要なときに支える」「部下の可能性を信じて任せる」という姿勢を持っていることです。
部下は、自分が大切にされていると感じることで、信頼関係を築き、会社に長く貢献しようと考えるようになります。
行動の小さな変化が信頼を育てる
- 「5分間でも毎週対話の時間をとる」
- 「相手の話をさえぎらずに聞く」
- 「名前を呼ぶ頻度を増やす」
など、ちょっとした行動が信頼を育みます。
人は言葉だけではなく、態度や一貫性から相手を判断します。
上司が変われば、部下の働き方と組織の空気は確実に変化します。
コーチ型マネジャーをどう育てるか:導入ステップ
制度化よりも“対話文化”の定着を重視
コーチ型マネジャーを育てるには、研修やマニュアルだけでなく、日々の職場に“対話の文化”を根づかせることが重要です。
制度を先に作るのではなく、「まずやってみる」「小さく試す」ことから始め、自然と部下との関わり方が変わる流れをつくることが効果的です。
少人数チームから段階的に広げる方法
一度に全社導入するよりも、まずは少人数チームや志のあるマネジャーからスタートするのが成功のポイントです。
成功体験を積み重ねることで、他チームへの波及効果も生まれやすくなります。
継続の鍵は「成果」よりも「対話の実感」です。
まとめ:静かな退職を防ぐのは、今日からできる上司のひと工夫
コーチ型管理職こそが人材定着のカギ
静かな退職は、制度や待遇では防げません。
必要なのは、部下の声に耳を傾け、内面と向き合う上司の存在です。
問いかけ、信じ、支える――こうしたコーチ型マネジャーが増えることで、組織は人材流出ではなく、人材定着という循環へと変わっていきます。
始めるのに特別な準備はいりません。今日の1on1から変えていきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 静かな退職とは具体的にどんな状態ですか?
業務はこなしているものの、やる気や責任感が低下し、必要最低限の行動しかしない状態を指します。
Q2. なぜ若手社員の離職が増えているのでしょうか?
待遇よりも「上司との関係性」や「信頼感の欠如」が主な理由とされる調査結果が多くあります。
Q3. コーチ型マネジャーとはどんな存在ですか?
問いかけや傾聴を重視し、部下の内発的動機や成長を支援するリーダーのことです。
Q4. 忙しくても1on1は必要ですか?
はい。5分程度でも定期的に対話を重ねることが、信頼関係構築に大きく貢献します。
Q5. 管理職をどう育てればよいですか?
制度よりも対話文化の定着を重視し、小規模チームから段階的に展開するのが効果的です。
投稿者プロフィール

- エグゼクティブコーチ/経営コンサルタント
-
1968年生まれ。兵庫県出身。
玩具業界(商社)、映画業界を経て人材サービス業界で20年働く。
代表取締役として年商10億円台の人材サービス会社を70億円台まで成長させる。
経営の傍らで多くの経営者と交流し、中小企業の社長の立場でコーチング、コンサルティング実績を積む。
現在はエグゼクティブコーチ/経営コンサルタントとして活動中。
最新の投稿
経営論2025年6月26日静かな退職を防止するコーチ型管理職を育成するには? 経営者思考2025年6月24日社長が忙しい会社はもう伸びない:自由な時間が経営を加速させる理由 経営コンサルタント2025年6月19日人手不足な中小・ベンチャー企業だからこそ実現できる!優秀人材を獲得する採用戦略とは? 社長・経営者の悩み2025年6月17日若手の退職が止まらない会社には優秀な中間管理職が存在しない理由